住所  岡山市
名前  願徳院
生年月日  1941年生
血液型  A型
出身  雪の大地 ”北の国から” 晴れの国へ
趣味  クラシック音楽・カメラ・パソコン・ビデオ・旅行・陶芸
 ゴルフ・スキー・囲碁  (青色は一時休止)

ビデオ周辺の環境
■ハードウエア
○ SONY VAIO typeR VGC-RA73P Intel(R)
○ CPU  Pentium(R)D 3.0GHz
○ RAM(メモリー) 2.0GB
○ 内蔵ハードディスク 1,250GB(増設含む)
○ 外付けハードディスク I-O DATA 3台 2,120GB
○ ディスプレイ SONY VGP-D19SM2A 19型TFT液晶 SXGA対応
○ OS  Windows XP SP2
○ インターネット回線  NTT フレッツ光プレミアム利用
■ビデオ編集等ソフトウエア
○ Adobe Creative Suite3  Production Premium
    Premiere Pro CS3 / After Effects CS3 / Photoshop CS3 / Flash CS3 / Device Central CS3 /
    Illustrator CS3 / Encore CS3 / Soundbooth CS3 / Onlocation CS3 / Ultra CS3 / Bridge CS3
○ Adobe Premiere Pro2.0
○ DVgate Plus
○ Click to DVD Ver.2.5
○ Adobe Photoshop CS
○ Corel VideoStudio 12 Plus
○ Corel VideoStudio X3 Ultimate
○ Windows Media Player ver.10.0
○ インターネット ホームページには
    ・ホームページビルダー Ver.14
    ・テキストエディタ MIFES Ver.8.0 
    ・Adobe LiveMotion 2.0 (JPN)
■ビデオカメラ
○ SONY デジタルHDビデオカメラ
    ・ハンディカム HDR-FX7
       ・ワイドコンバージョンレンズ VCL-HG0862
    ・ハンディカム CX550V
       ・テレコンバージョンレンズ  VCL-HG1737C
○ Panasonic DIGICAM NV-DS5 25x
■三脚
○ SONY リモコン三脚 VCT-PG10RM
○ VELBON CPH-S AEF-3
○ VELBON VERSATILE DS-3
○ HAKUBA HG-420SR

私のパソコン歴
  【 一 人 ご と 】
 1990年頃だったかろうか、パソコンをラックつきセットで購入した。もちろんハードデスクも何も着いていない。
当時は「キューハチ」すなわちNECの9800シリーズが主流の時代、購入した機種も「NEC9801FAU2」であった。
外付けハードディスクは1MBあたり1万円の時代。到底買うことができなかったのでフロッピーで間に合わせることにした。
説明書を読みながら何とか結線したが、それからが問題! どうやったらマシンが動いてくれるのか全くの無知であった。
遠くの町で購入したこともあってサポートもかなわない。苦労に苦労をかさねて知人や友人をたよりMS-DOSの操作で何とか動くようになった。
知人を自宅に招きMS-DSのファイル操作の作業を見ていたときの驚きは今でも覚えている。
あの時の感動、いまも忘れていない。(Sさんありがとう)
後に130MBのハードディスク[ICM(SCSI)]を10万円を若干切る価格で購入した。
これでもその時は安い買い物をしたと思った。

 この当時、マッキントッシュに対抗する Windows というものが開発され発売されていたらしいが、後になってWindows3.0をインストールして大変な目にあった。バグで トラブリ、マシンが動かなくなる。
何度ハードディスクを初期化したものか。こんな欠陥商品を発売して腹立たしいが今思えば、懐かしい。
それから、Windows3.0A になって安定はしたものの、それに対応するアプリケーションが少なかったのだが、インストールしても、ただ遊んでいるだけにすぎなかった。
ハードディスクはMS-DOSの領域と Windows の領域に分けていた。

 この頃、ノートパソコンも購入した。
勿論DOS版マシンだが、初めてカラーディスプレイが登載され、価格は50万円台であったが、これが改善された後継機として「NEC 98NOTE NA」が、わずかに50万円を切る価格で発売になった。
これを買ってしまったのだ。これがまた、大いに活躍していた。
じゃまにもならないので今でも所持している。

 実務的には、やはりMS-DOS版ソフトが主流で私も大いに活用していた。
「config.sys」ファイルを作って環境を整え、「Autoexec.bat」ファイルでアプリケーションの立ち上げ方などを操作するなど、けっこう楽しさもあった。
今ではMS-DOSも Windows の陰にかくれて、素人では操作も困難になっている。
私は、この当時から「一太郎」「Lotus」派で、DOS版「Lotus123」はどれだけ仕事に活用したものか。
Lotus123のマクロプロクラムを記述してアプリを作り業務に生かしていたのがとても懐かしい限りである。
まるで「COBOL」「Pascal」「C」といった言語で書き上げたような出来上がりになるのが快感でもあった。

 ホームページ作りにも挑戦していた。
最初の小さいものから、厳密にいうと5つのサイトを作った。このサイトは6つ目にあたる。
最初の2つは、「HTMLタグ辞典」を片手に、テキストエディタの「MIFES」とブラウザを並べて、独学にてすべてを手書きで作っていた。
当時のブラウザは「ネットスケープ」が主流で、マイクロソフトの「インターネットエクスプローラ」は発展途上だったが、ホームページを作る上で、どちらのブラウザでも意図した表現ができるように、とても気をつかって作成していたものだ。今は「ネットスケープ」は無視している。

後には、どこかのサイトで提供している「簡単ホームページ作成」といったサービスの利用とか、「ほたる」「ホームページビルダー」「GoLive」といったツールを使ってみているが、意図的に記述して保存すると勝手に修正されてしまう。

「ホームページビルダー」はver.11までくるとけっこう進化してきているので使い勝手も良くなり、おおまかなところはこのツールに任せ大いに活用しているが、やはりかゆいところは手書きになる。
そこで、前の経験を生かし、いまでも「MIFES」のテキストエディタと併用して作っている。
「Java Script」は参考書の見よう見まねだけで、いまだにわからない。

 いまでは Windows は相当の進化をみせておりMS-DOSを意識することなくアプリケーションを使っているが、そのOSも、アプリケーションも肥大化しマシンがついていけない状態で、パワーアップにも限界があり出費も大いにかさむ。

 時々思うのだが、なぜ国産OS「トロン」がパソコンに乗せることができなかったのか。
ものの本による評価では、軽く、アクセスの展開が容易で、あまりメモリー容量を必要とせず、必要なときにその部品を表示して作業をするといった経済制のあるオープンドックという思想のもとに開発された。
NHK番組「プロジェクトX 挑戦者たち」で放映された「家電革命 トロンの衝撃」をご存じだろうか。
そのトロンを考案した日本人学者、坂村健の苦悩の末の執念の大逆転的の物語を描くドキュメンタリーである。
「基本ソフトは情報化社会の基盤。空気や水と同じです」とプログラムを公開し、その活用を広めようとしたものであった。しかも無償だから、だれでもそれを活用してプログラムを開発できる。

 日本では将来のIT国家を目指すために、国内学校教育界に「トロン」OSを採用しコンピューター教育の導入を計画されていた。
これを許せば WINDOWS は日本の市場を確保し掌握できない、すなわち儲けることが出来ないというものだ。
マイクロソフトはインテルと組んで必死になって抵抗し、アメリカ連邦政府を抱き込んで保護貿易主義だ!と言い張る。経済制裁をちらつかせながら強引な取引といった政治的陰謀があったことを。
我がマイクロソフトやインテル製品を日本に売らんがための圧力にすぎないのだ。
そして、その企てが成功し何兆円もの資産を持つ、とてつもない大富豪が生まれたのである。

 今でこそ「トロン」は、家電製品や携帯電話、デジタルカメラ、カーナビのOSとして広く普及しているが、パソコンには登載出来ない。
日本はいつも弱い立場にある「負け組」であることが悲しい。
いつか近い将来、日本国産OS『トロン』が、パソコンに登場することを願ってやまないのである。

 私は、38年間勤めた仕事もリタイアして、雪国に別れを告げ2000年に晴れの国にやってきた。
移住しても、当初からのパソコンも含め5台のパソコンを家庭内ランを組んでネットワークの勉強のつもりで使用していたが、もうソフトのバージョンアップにも耐えきれず、2005年に現在のマシンに一新。

 この時に、目標にしていたビデオ編集に、そのソフト「Adobe Premiere Pro1.5」の同梱している機種を選んだのが今使用しているものだ。
 さらに、2006年秋 ハイビジョンビデオカメラを購入したので、65才から本格的にビデオの世界に参入したということになる。

 ビデオは、なにもかも初体験なので、いろいろと教えをいただかなければならない。
これからも先輩諸氏の作品に学び、経験を積み、さらに若い頃から培ってきたカメラ目線を取り入れながらステップアップに向け勉強をしていきたいと思っている。






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