概 説
一、鹿ケ谷の陰謀
鹿ケ谷の陰謀（ししがたにのいんぼう）は、平安時代の治承元年（1177年）6月に京都で起こった、平家打倒の陰謀事件である。京都、東山鹿ヶ谷の静賢法印(藤原信西の子)の山荘で謀議が行われたとされ、このように呼ばれる。
1177年5月、福原に居た平清盛は京へ上洛し、山門強訴を繰り返していた寺社勢力に対し、法皇の懇願で叡山攻めを決定する。
6月、後白河法皇が鹿ヶ谷山荘へ赴いた際に、院の近臣の藤原成親、院の御倉預の西光(藤原師光)を中心に、法勝寺執行の俊寛、検非違使の平康頼、その他藤原成経（成親の子）、源成雅、中原基兼、惟宗信房らと平家打倒の陰謀を企てた。その後、謀議に参加していた摂津源氏の多田行綱が西八条邸に清盛を訪ね、密告する。
清盛は西光を呼び出して自供させ、関係者を捕縛。西光は朱雀大路で斬首、成親は押し込めにされた後、備前国児島に配流し、のち謀殺。成経、康頼、俊寛は九州の鬼界ヶ島へ流罪、多田行綱も陰謀に加担したとして安芸に流される。平業房は法皇の懇願により赦免された。清盛は上皇の罪を問わないものの、執政は停止された。
事件の背景には、この時期急速に台頭してきた平家一門に対する貴族層の反発があったとされる。藤原成親は1159年の平治の乱でも反平氏の挙兵に参加しており、左近衛大将の地位を望んでいたが、5月に平重盛・平宗盛兄弟に左右大将に任命されたことを恨んでいたと言われる。また、西光も平治の乱で追捕されて出家している。『平家物語』によれば、事件は猿楽の座興から政治批判が出た程度のものとされ、平家が反対勢力を制圧するために作り上げた陰謀とする説もある。
平家一門のうち、平重盛は山門強訴では家人が御輿に矢を射る事件を起こしており、鹿ケ谷事件では妻が成親の妹であったことなどから、左大将を辞職して地位低下、平家一門では宗盛が台頭する。翌78年11月に高倉天皇に皇子(安徳天皇)が誕生し、再び後白河の執政が再開される。
この謀議のとき、西光が瓶子の首を落とした(平氏を斬首したということ)と言われている。
| ◇ 「平家物語」 巻一 鹿ヶ谷 |
| [原文] |
| 東山の麓、鹿の谷と云所は、うしろは三井寺につゞいて、ゆゝしき 城郭にてぞ ありける。俊寛僧都の山庄あり。かれに常はよりあひあひ、平家ほろぼさむず るはかりことをぞ廻らしける。或時、法皇も御幸なる。故少納言入道信西が子 息浄憲法印御共仕る。其夜の酒宴に、此由を浄憲法印に仰あはせられければ、 「あなあさまし。人あなた承候ぬ。唯今もれ聞えて、天下の大事に及候なんず」 と、大にさはぎ申ければ、新大納言けしきかはりて、ざっと立たれけるが、 御前に候ける瓶子を、狩衣の袖にかけて、引倒されたりけるを、法皇、「あれは いかに」と仰ければ、大納言立帰て「平氏倒れ候ぬ」とぞ申されける。法皇えつ ぼにいらせおはしまして、「者ども参て猿楽つかまつれ」と仰ければ、平判官康 頼参りて、「あら、あまりに平氏のおほう候に、もて酔て候」と申。俊寛僧都、「さ てそれはいかゞ仕らむずる」と申されければ、西光法師、「頸をとるにしかじ」とて、 瓶子のくびをとってぞ入にける。浄憲法印あまりのあさましさに、つやつや物も申 されず。返々もおそろしかりし事どもなり。 |
二、松殿基房の配流 （島ながし）
関白藤原基實は忠通の子で、妻は平清盛の子で盛子といい白河殿と呼んでいた。
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基實は若くして死に、子の基通がまだ幼かったので、松殿基房がその子を引き取り育てることとなった。
基實の遺領は当然のことながら、その全部を基房に渡ることが通例であったが、清盛はただ興福寺、法成寺、平等院、勧学院のみを与えて、島津の別荘など多くの荘園（別荘）や代々の日記や宝物とともに白河殿盛子に与えてしまった。
これで松殿と平氏とは、常に仲が悪くなってしまい、嘉応２年（１１７０年）には、平家一門のなかでも温厚な長者とみられていた重盛すら、その重盛の子、資盛が途中基房に逢ったとき車を降りなかったことから基房の家来に車を破壊されてしまった。基房は謝罪ばかりに限らず、馬に乗って先導する行為をしたり、髪を切りしのんでいた高倉天皇の元服の儀を引き延ばしたりしたこともあった。
◇ 後白河法皇は、両家の調停の策として盛子を基房に再婚を勧めてみたが実らなかった。治承元年（１１７７年）盛子は死に、法皇は、盛子は天皇の養母であったとして基房の持っていた白河殿領を朝廷の所有であるとして基通には与えなかった。
◇ 治承３年７月（１１７９年９月２日）重盛が死去したとき、法皇は基房と相談して、重盛の所領だった越前国を法皇が自ら所持することとなったが、しかし、清盛には一言も告げなかった。
◇ 基房は又、奉請（上申）して、師家が８才になったことで、すでに２０才になる基實の子基通を越えて、従三位中納言を拝した。
◇ 基通も清盛の女婿（むこ）であるのに、清盛からも基通の昇進を懇請したけれども許されなかった。
当時、福原の別邸にいた清盛はこれを聞いて大いに怒り、１１月兵を率いて京に入った。
そして、解官任官の秩序を定め、関白基房を罷免して基通を内大臣関白に、太政大臣に師長、権大納言に源資賢に、以下北面の武士に至るまで法皇近親の者３９人の官爵（かんしゃく）（身分階級）を奪い、基房、師長、師賢等を流して、その２０日後、最後に法皇を鳥羽殿の目の届かぬところに追いやった。そして、僧琅慶、寵姫丹後とその他３人のご機嫌を伺うのみとした。
しばらくして、松殿基房は遷（うつ）（＝移す）されて、今の湯迫浄土寺の西側に仮住まいとなり、３年後の養和元年７月（１１８１年）罪を許されて帰京した。
※治承５年閏２月４日（１１８１年３月２０日）平清盛没す。
この関白屋敷の西側に武士屋敷という地があるのは、松殿関白基房公がこの地に滞在している間、警護にあたっていた武士の屯舎跡と思われる。
松殿基房が帰京し、不在となってから長年の間放置状態となり荒廃したこの遺跡を見た岡山藩主池田継正公は、ますます荒廃していくことを懸念し、これを防ぐために、明和３年（１７６６年）、松樹などを植栽して石碑を建てた。
石碑文字全文
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